溥儀陛下は、日本の敗戦の後にソビエト軍に連行され、
強制収用所に入れられました。
実際は多少待遇がよかったそうですが、それでも囚人には変わりありません。
昨日まで皇帝として、何百人の使用人が傅いていた溥儀にとって、
囚人生活の全ては 「苦労と驚きの連続でした」。
このあたりの苦労っぷりなどは、溥儀の自伝などを読んでいただければ
涙なしでは語れない日々なのですが。
溥儀「しかし私はそこで、かつて感じていた<不自由からの解放>を
同時に感じ始めていたのです。
(中略)一種の開放感を感じていたのです」
ここで、意思を持つ人間として再出発を図る溥儀。
周囲は処刑を言い渡され、自決を決意し、裁判を待つ身である中、
道端のたんぽぽを見つけて微笑むような小さな幸せを手に入れていく溥儀。
遠い明かりのような希望を見出していくこのシーンで。
溥儀「しかし私はそこで、かつて感じていた<解放感>を…」
ええええええええ!?
だめじゃん、陛下。もう解放感 感じてますやん!
聞いていた全員が一瞬、どうするんだ!?焦りましたが、
さすがのヴィっちゃん、平然と続けて
「一種の 解 放 感 を感じていたのです」
と、スタッカートで強調して言い切りました。
流石です、陛下。
家庭教師ジョンストンがテニスや自転車や歌や音楽や英語や
外国の文化なんかを教えてくれ、
実は結構、紫禁城の生活も満喫していたんじゃないの?
という疑惑のある溥儀皇帝です。
「紫禁城出なくても、よかったんじゃないの…?」
「うん、まあね」
えええええ。