さくらのごとく 本番レポート

 「走る……私は走る……。どこまで走ればいい?
  追われてるから?……違う。
  誰かを追いかけているから?……違う。
  止まりたい。もう走れない。
  でも止まったら、私の中の何かが崩れてしまう。

  だから私は、走るしかないんだ――!」
 もっと強く、もっと早く
 私は――うちは――生き抜いてみせる!

 「うちは負けへん……絶対に!」
 文久3年、新選組の局中法度が制定され、激動へと動き出す中
 力む沖田総司と、盆栽を片手に春風のように穏やかな山南敬助。

 「私は、みんなが行くというから付いてきたんだ」
 「それだけですか!?」
 「そうだよ?」
 「桜はいいよ。春になると見事に咲き誇るのに、
  散るときは潔く風に吹かれて散っていく。
  私もそんな風に生きてみたいもんだね」
 「山南さん……」
 「沖田君……人を斬った時のことを憶えていますか」
 「……憶えていますよ」
 嫌がる沖田を無理やり伴って訪れた遊郭・島原。
 天神の明里の登場に、どぎまぎする二人。
 「嫌やったらさっさと帰っておくれやすー!」

 粋な遊び方を知らない山南と沖田は遊郭のいろはを知らず明里を怒らせてしまうが
 山南の潔い姿勢に、彼女の態度も次第に軟化していく。

 これが、山南と沖田と明里との出会いだった。
明けて元治元年……新選組は隊士150名を越す規模に成長する。
京の町は勤皇と佐幕に割れ、揺れ動き、多くの血が流れた。
そして我ら新選組は、ある大きな節目を迎えた。

……「池田屋」、私はあの日のことを、決して忘れない。
 拷問によって、京の町を焼き払う計画を自白した古高俊太郎。

 「しかし、拷問によって間者の口を割らせるとは土方君らしいやり方だな」
 「土方さんのこと、嫌いなんですか?」
 剣への驕りから、かつて親友を自らの手で殺した山南の過去――。
 自分への嫌悪の中で出会った、近藤局長をはじめとする、今の新選組の仲間たち。
 けれど、山南は新選組と幕府のあり方に漠然と疑問を抱き始めていた。

 「だから私は根無し草でいいんだよ。皆の行く方向へついていくよ。
  私は小心者だから傷付くのは怖いんだよ」
 「納得できません!
  私は時間が惜しい……山南さんのように『根無し草』ではいたくありません!」
 元治元年6月5日。祇園祭で賑わう京の中、「池田屋事件」が起こる。
 山南は一歩も動かず……沖田は襲撃中に労咳(結核)で血を吐いた。

 こうして新選組は幕府から認められ、どんどん大きくなっていき、
 山南と新選組の想いは、全く違う方を向いていった――。
 「今の山南はんは、ほんまもんやない気がします」

 山南の迷いを見抜く明里。

 「うちみたいにいっつも走ってるんもようないけど、
  休みすぎて大切なもん見失わんようにせんと」
 「明里には適わないな」
 二人の話は、池田屋事件で喀血した沖田の話題になる。
 思いつめたように「治って欲しい」と訴える明里。
 彼女には、かつて同じく労咳で死んだ弟がいた。

 「だからうちは、あの子の分まで生きなあかんのです!」

 「……明里、悲しいときはないてもいいんだよ」
いつか国が変わったら、女性でも世界を見れる、と信じている明里を見て、山南は決心して告げる。

「明里……身請けしようか、私が」

しかし、彼女は毅然と断る。いつか異国へ行くために島原で働いて資金を貯め、多くの人に会って勉強したい。
そう語る明里に、山南は優しく答える。

「私も一緒に行ってみたいな」
 「身体は大丈夫なのか!?」
 「はい、この通り!」
 「沖田はん、無理したらあきまへんえ!」
 「明里さんまで……参ったな。道場に姿がないと思ったら、明里さんと逢引ですか〜?」
 沖田は明里の中に、自分の姉を重ねる。
 「私は幸せ者ですよ。こんな境遇でもなければ山南さんや土方さん、近藤先生にも会えなかった。
  京へ来る事もなかったでしょう。そうしたら明里さんとも会えなかった」

 「日々が笑いの中で過ぎていくように、うちは毎日お天とうさまにお願いしてます。
  うちらは笑っていきまひょな、沖田はん」
新選組は規模が大きくなり、壬生から京の中心、西本願寺への屯所移転が検討される。
山南はそれに猛反対していた。
未だかつてないほどの剣幕で隊士たちに呼びかける山南。

「山南さん、変わりましたね」

沖田の言葉に、山南は答える。

「私は、根無し草はやめようと思うんだ」
 3人の心情が呼び合う。

 「たまには振り返って、自分を見つめる事にします」
 「私はここにいる。確かに存在した……ためらわずにそう感じたい」
 「自分を忘れたらあきまへん」
 「私はここに生きています」
 「私はここに生きている」
 「自分で選んで歩いていきます」
「私はもう一度生きてみようと思う。
もう根無し草ではいられない。私は人間だから……
私の生きた証はここにしかないのだから」

山南が屯所から姿を消したのは、それから間もなくのことだった。
 「山南さん!」
 「君が来たのか……よかった」

 京から近い大津の宿場に、山南はゆっくりとくつろぐようにいた。
 山南を探しに来た沖田に、自ら声をかけて所在を示した。
 「桜の盆栽をね、明里に預けてきたんだ。盆栽は小さな鉢の中で美しい形を整えるために
  やっと伸びてきた枝でも容赦なく切り捨てる。
  けれど、私は自然の桜が好きだよ。
  誰にはばかることなく自由に枝を伸ばし、満開の花を咲かせて……風に吹かれた散り際は
  見事な桜吹雪となって人の心を打つ。
  もうすぐ春が来る……私はそんな桜になってみたいんだ」
 「明日の朝、私は壬生の屯所に出頭するよ。介錯は君がやってくれるね」
 「嫌です、私は山南さんを殺したくありません」
 「……さくらのごとく、だよ……沖田君」
 「一手、手合わせをしてくれないか」

 山南の本気の気迫に押されるように、沖田は刀を抜き山南を刀を合わせる。
 「まだ力が入っていますよ」
 山南にそう言われながら、沖田は一瞬の隙をついて山南の首筋に刀を合わせた。

 「やっと力が抜けたね。ここで斬られても私は本望だよ」
山南さんと一緒に壬生の屯所に帰ったのは、次の日の朝でした。
近藤先生や土方さんの前で、山南さんは一言も弁解しませんでした。
……次の日、隊規に背いた罰で山南さんに切腹が言い渡され、彼を慕う仲間たちが
逃げろと勧めに来ても、山南さんは笑って『ありがとう』と言うだけでした。
 切腹の刻限が迫る頃、突然明里が駆け寄ってくる。

 「切腹するってほんまどすか……なんでどす、山南はん!」

 「もう会えないと思っていたから手紙を書いたんだ。直接渡せてよかった。
  ……ありがとう、明里」
 「さあ、行こうか……沖田君」
 取り残された明里の耳に、今までの言葉が響き渡る。

 『明里……悲しいときは、泣いてもいいんだよ』

 「山南はん……山南はんー!!!」
「明里……この手紙を読む頃、私はもうこの世にはいないだろう。
……君をおいていって本当にすまないと思っている。
君に会ってから私は謝ってばかりだったな。
こんな私だけど……本当に君が好きだったよ。
将来の夢を輝いた目で語る君を見て私は救われた。
……小さな一歩だけれど私は自分で選んだこの道を行くよ。
君は自分の夢を必ず果たして欲しい。……ありがとう、明里」

山南の手紙を握り締めて、明里は泣き崩れる……。
 沖田が静かに語りかける。

 「立派な最期でした。
  自分でも不思議なくらい力を抜いて刀を振り下ろせたんです。
  山南さんは、苦しまずに逝ったと思います」
 「山南さんと過ごした最後の夜にこのお金を預かりました。
  あなたの夢を叶えるために使ってくれと。あなたを見受けするために十分のお金が入っているが
  自分が渡したら、恐らくあなたは怒って受け取らないだろうからと言ってました。
  初めて金を貯めたといって笑ってましたよ」
 「山南はん……」
 「私は泣きませんよ……私だってこの病でいつ死ぬかわからない。
  どこかで斬られて死ぬかもしれません。けれど、最後の最期まで諦めずに生きてみせますよ。
  山南さんにもらった、命の重さですから」
 「うちも……もう泣きまへん。山南はんがくれはったいっぱいの想いを抱いて生きて見せます。
  ……山南はん、そこにいやはりますか?
  うちは自分の桜を咲かせてみせます。
  ちゃんと見ておいておくれやす!」

 どこからともなく風が吹き、山南の声が聞こえる――。

 「さくらのごとく……生きてみたいね」