FANTASY ADVENTURE 33th PERFORMANCE


「和彦、世界の終わりはすぐにやってくるかもしれない。……だから私は行くよ。
 ……私と一緒に行かないか」

「なぜ?」
「君が僕の事を忘れないでいてくれるなら、
 君の心の中に今の僕が行き続ける事が出来るなら僕は、
 この体がなくなってしまおうとも構わない。

 だから僕は飛ぶ、君に向って。」
「今日から3人だけの夏休みが始まるってわけだ」
「友達も先生も夏の間は誰も帰ってこない」
「寂しいんだろ?」
「直人!」
「悠……」
「なんのこと?きみたちこの学院の生徒だろ?
 今日から世話になるよ。」
「……だから……この電話の向こうに本当は母さんがいなくても
 僕は平気さ。どうせ世界はうそっぱちだから。」
「母親の愛を独占するには、早く大人になる必要があると……
 その瞬間こそが少年の証である事を、その時私は知らなかった。」
「僕にはこの感情がなんなのかわからない。ただ和彦の傍にいたかった。
 そのために僕は卒業を拒み、もう一度3年生になることを選んだんだ……。」
「そんな時僕は一瞬、子供だけが感じる事の出来る私のなんとも言いようのない
 我を忘れてうっとりするような状態に襲われる。
 少年の頃、キアゲハに忍び寄ったときのあの気持ちだ。」

   (ヘルマン=ヘッセ『蝶』より 朗読)
「だから君は悠を憎んでいるんだね。
 もう死んでしまったんだから、許しておやりよ。」
「待っていれば誰かが愛してくれるのか? 子供なら可愛がられるのは当然の権利?
 じゃあ僕は生まれたときから子供じゃない!」
「僕は君と出会ったこの夏休みに感謝してるよ。
 ……薫? 眠ったのか?」
「僕は子供のままでいたかった!
 僕だけを見てよ、母さん!」
「愛しすぎないで下さい……。
 子供は誰かの、あるいは何かの代わりに籠に飼われている
 鳥じゃないんです……。」
「則夫がいなくなった……
 僕は取り返しのつかないことをしてしまったのかも」
「みんなはどんどん行ってしまう……僕の知らないところへ。
 今の僕は時間の中に置いてけぼりだ。」
「……聞こえる」
「鼓動――」

「……おねがいだから、僕を置いていかないで!」
「則夫は仲間はずれなんかじゃないよ」
「……和彦、なんだか優しくなったね。」
「その程度の愛情なんだ……。
 母さんはよく、僕にキスしてくれたよ。

 ねえ、和彦。本当に僕を好きなら、僕にキスしてよ。」
「さあ、行こうよ。森の向こうの湖が僕らの生まれ変わる場所。
 湖はきっと優しく僕らを迎えてくれるよ。」
「悠はいつだって君の傍にいるよ。薫はいつだって僕らの傍にいる。」

「うん、そうだね……僕はいつかまた、彼に会える気がする。」

「僕は今度、薫に会ったら、話したいことがいっぱいある。」
「君は悠? それとも薫?」
「僕は僕だよ。他の誰でもない、今の僕さ。」
「僕は忘れない、この夏休みを。」

「……そして、僕たちは飛翔する。」

「高みに向って……」
「私がまだ何も知らなかったあの年の夏休み。
 世界がそれまでとは全く違って見えるようになった。
 ……いや、実は私自身が卵の殻を破って変貌したのであろう。
 今でもはっきりと思い出すことが出来る、あの夏休み……。
 まるでまだ、昨日のことのような気がしてならない。」


1999〜そして少年は飛翔する〜
2003年9月13日(土)
2003年9月14日(日)
於 Art theater dB