桂 小五郎の帰郷日記
○月×日快晴
萩に帰るのは、五年振りだろうか。
今回の演目が決まらなければ、おそらくもうしばらくは帰郷の予定はなかったに違いない。
今回の演目が幕末物で、萩出身の自分がこの役にキャスティングされるとは。役者をやっていて、いろんな事があるけれどこんな偶然というか、幸運というか、とにかくこんな事はザラにはないだろうと感じていた。
京都での稽古を終えて、夜の高速をひた走りたどり着いた久方ぶりの故郷は、
夏みかん色のガードレールに囲まれ、すっかり秋の色になっている日本海を望んで、相も変わらずローカルな姿をしていた。
今回の同行者は、坂本さん。
彼は、「今回の長州行きは、何が何でも薩長同盟にこぎつける為じゃ!」と意気込んでいた。
帰郷の第一歩は、萩への入り口にある道の駅へ立ち寄ることに。
ここには、かつて日本海側の萩と瀬戸内側の防府を結ぶ「萩往還」が通っていた。毛利公も参勤交代に使い、志士たちも多くが使ったであろう旧街道だ。
その傍らに「松陰記念館」がある。
なんと無料開放している中に入ると、そこには「松下村塾」が再現してあり吉田松陰先生の講義の様子が流れていた。
ふと見ると、壁に微妙に白く濁ったパネルが一枚。
なんじゃこりゃ??と近寄ってみると、白かったパネルの中からドドーンと浮かび上がる何者かの姿!!
「松陰先生では、なかですか?!
こねえなとこに隠れちょっちゃったんですか〜!」(桂)
と感涙にむせぶ桂・・・。
「ウソついちゃあいかんぜよ桂さん!急に先生が現れたんで、
ビビって逃げ出しちょったがや(笑)」(坂本)
・・・もう、坂本さん・・・いらんこと言わんでもええじゃろう・・・。(桂)
松陰記念館の前庭には、萩が生んだ志士達の像が並ぶ。
日本の未来を指し示す「吉田松陰」奇兵隊の甲冑姿の「高杉晋作」・・・あぁ・・・
かっこええ・・・。でもその隣には・・・やっぱり桂じゃのうて「久坂玄瑞」か・・・。
「どうせ、桂は萩でも不人気じゃわい・・・」とため息まじりの桂。
とぼとぼと駐車場に向かう途中、にわかに笑い出す桂。怪しい・・・何見て笑うちょるんじゃと指す方を見ると、そこには一枚のポスターが!
「きゃっはっはっ、高杉切られちょる!わしが真中じゃ!!」(桂)
どうやら、観光用ポスターがえらく気に入ったらしくはしゃいでいた。
この近くには、松陰が江戸へ送られ処刑される最後の旅立ちの際、峠から萩の町に別れを告げた「涙松」が存在する。
二度と帰る事のなかった故郷は、彼の目にどう映っていたのだろう。
続いては、「松陰神社」へ。
明治維新の原動力を生み出したといわれる「松下村塾」。
桐生は、○十年ぶり?!
懐かしさの中に新鮮味の溢れる参拝となった。
村塾を覗くとそこに松陰先生の姿が見えない。
「先生は忙しいお人じゃけい、お留守じゃ・・・。」
桂はつぶやきながら奥の杉家へ進む。
家の外周をぐるっと回ると吉田松陰が幽居していた三畳半の仏間が見える。
半畳分は仏壇が置かれている為、実際には三畳ほどのこんなに狭い部屋に松陰先生は、生活していたのだ。
しかも、けっして仏壇に足は向けて寝なかったという逸話つき。
群れている観光客の皆さんが立去るのを気長に待って部屋に近づくと、何とそこには長々と寝そべる「松陰先生」の姿が!
「先生!こねえな所におっちゃったんですか?桂です!
小五郎が京から帰って来ました。先生!!」(桂)
感極まって先生の手を(いやっ、足か??)取り、むせび泣く桂だった。
すかさず坂本さんも駆け寄り
「松陰先生、坂本龍馬ち言います。新しい日本の為に、今こそ薩長が手を組む時ですけえ。先生、手え貸してつかあさい!!」(坂本)
と熱く語っていた。
がっしかし、我らが先生はあくまで静かであった。
(寝ちょっただけじゃけど・・・)
続いて萩城下へと歩を進める。
狭い城下町に車は不向きである。文明の利器を乗り捨てて、足漕ぎ二輪車で回る事にした。
何はともあれ「木戸孝允 旧宅」へ。
自慢じゃないが、今まで「高杉晋作」びいきだった桐生は、地元でありながら
一度も訪ねた事がない。
すんません桂さんと心で詫びながら邸内へ入る。
桂邸は、建物だけでも一階ニ階を合わせると216平米もあり、藩医であった実家の豊かさがうかがえる。
邸内には、小五郎の幼少期の手習いも保存されており、その達筆さは萩城下でも評判だったそうだ。
ここには、ボランティアガイドさんがいるのだが、彼女がまた熱い!
実家に帰った心地良さからのんびりしている我らを見て、後を追いかけては詳しく説明をして下さる。坂本さんが質問を投げかける。
「常々、不思議に思うちょったんじゃが、こげん片田舎の萩から
何で大勢の偉人がでたんじゃろうか?」(坂本)
何?田舎じゃと?なんちゅう事言うんじゃ坂本さん(怒)と反論する間もなくすかさず彼女は答える。
「長州藩は、長い時間をかけて人材育成に力を注いできたんよ。
今でも明倫小学校の子達は松陰先生の志を継いで、論語を勉強しちょるん。偉いじゃろう?」(ガイド嬢)
とまるで我が子の事のように自信満々に語る彼女を見て、坂本さんはつぶやく。
「・・・う〜ん、平成の世も長州は熱い!熱いぜよー!!」
実家を後に、近所の「高杉晋作 旧宅」へ帰郷の挨拶へ行く。
晋さんとは、スープじゃなかった味噌汁も冷めん距離のご近所さん。
手土産も持たんと向かったが、晋さんは大阪に出かけちょって留守じゃった。
縁側にかけてある俳優の写真パネルを見て観光客のお姉さま達が何やらかしましい。
「これって、誰だったかしら?」「奇兵隊で高杉役やった人よね〜」
「え〜と、え〜と?」「わかった!里美浩太郎でしょ!」「ああ、そうか〜」
・・・って・・・どう見ても、松平健じゃろう?・・・
と二人で顔を見合わせたのであった。
とにもかくにも、久方ぶりの萩は相も変わらずローカルな街で、白い土塀の中には夏みかんが青い実をたわわに実らせ、まるで時間が止まってしまったかのような故郷だった。
「また、帰るけえねー!!」(桂)